2026年6月 · 読むのに約6分
マラリアはなぜ手強いのか
蚊が運ぶ病気と聞いて思い浮かぶのは、デング熱やジカ熱あたりでしょうか。マラリアは、それらとは少し違います。原因はウイルスでも細菌でもなく、マラリア原虫という単細胞の生き物です。私たちと同じように核をもち、たくさんの遺伝子をもつ、いわば「とても小さな動物」です。
これだけ研究されてもまだ決定打が出ないのは、相手が生き物として複雑だからです。
運ぶのはハマダラカという蚊、それもメスだけです。羽に斑点のある蚊で、血を吸うときに原虫が人の体に入ります。刺されてから熱が出るまでは、ふつう10〜15日。最初に出るのは発熱、頭痛、寒気です。

数字で見ると
いまも年に61万人が亡くなっていて、その大半は小さな子どもです。しかも、亡くなる人はほとんど一つの地域に集まっています。
| 数字 | 何の数か(2024年) |
|---|---|
| 2億8200万人 | 世界でマラリアにかかったと推定される人 |
| 61万人 | そのうち亡くなった人 |
| 95% | 亡くなった人のうち、WHOアフリカ地域に集まっている割合 |
| 約4人に3人 | そのアフリカ地域の死亡のうち、5歳未満の子どもが占める割合 |
| 80 | いまも感染が続いている国と地域の数 |
世界保健機関(WHO)『World malaria report 2025』より。
原虫の五つの手口
これだけの規模でありながら、決定的な手はまだありません。理由はひとつではなく、いくつも重なっています。
1. 体の中で姿を変える
蚊から入った原虫は、まず肝臓にもぐりこみます。そこで数を増やしてから血液に出て、今度は赤血球のなかに入ります。熱が出るのは、この最後の段階です。肝臓にいるあいだは症状が出ません。刺されてから発熱まで10〜15日の間が空くのは、そのためです。
段階ごとに、姿も居場所も変わります。免疫にとっては、同じ相手を追い続けること自体が難しくなります。

2. 赤血球の中に隠れる
体の細胞はふつう、自分の中身の一部を「名札」のように外に掲げています。免疫はそれを見て、異常な細胞を見つけます(専門的にはMHCクラスIと呼びます)。ところが赤血球には、この名札がありません。ウイルスに感染した細胞を殺すキラーT細胞は名札を手がかりに働くので、赤血球のなかにいる原虫には手が出せないのです。

3. 顔を変え続ける
原虫は、感染した赤血球の表面に出すタンパク質を、次々に別のものへ取り替えます。免疫が「この顔は覚えた」と思ったころには、もう別の顔になっています。
4. 免疫にブレーキをかける
免疫細胞には、働きすぎないための「ブレーキ」役の受容体があります。原虫は、そのブレーキに結びつく分子を、感染した赤血球の表面に出します。攻撃される前に、相手のブレーキを踏んでしまうわけです。
5. 薬と殺虫剤に追いつく
治療の柱はアルテミシニンという薬です。ヨモギの仲間の植物から見つかり、発見者は2015年にノーベル賞を受賞しています。
その効きが落ちる「部分耐性」が、いま広がりつつあります。WHOの2025年の報告では、アフリカの少なくとも8か国で確認、または疑われています。まったく効かなくなるわけではなく、原虫が消えるまでに時間がかかるようになる、という変化です。東南アジアから伝わったものではなく、アフリカで独自に現れました。蚊のほうも、殺虫剤に強くなってきています。
もうひとつの種類
ここまではおもに熱帯熱マラリア(Plasmodium falciparum)の話です。もうひとつ、三日熱マラリア(Plasmodium vivax)という種類があります。
こちらは肝臓のなかで眠ったまま残り、治ったはずの何か月もあとに再発します。眠っている分まで片づけるには、プリマキンという薬が要ります。ただしこの薬は、G6PDという酵素が足りない人には使えません。だから、使う前の検査が欠かせません。アジアや中南米では、こちらが主役になる地域もあります。
なぜ死に至るのか
マラリアは、熱が出て終わることもあれば、数日のうちに命に関わることもあります。WHOは、熱帯熱マラリアについて治療しなければ24時間で重症化し、死に至ることがあるとしています。とくに、まだ免疫が育っていない小さな子どもでは、その進み方が速くなります。
重症のしるしとして挙げられているのは、ひどい疲れ、意識がはっきりしない、けいれんを繰り返す、息が苦しい、尿が黒っぽい、白目や皮膚が黄色くなる、出血が止まらない、といったものです。体のなかでは、おもに次の三つが起きています。
- 脳の血管がふさがる(脳マラリア)。感染した赤血球は、血管の内側にくっつく性質をもちます。脳の細い血管でそれが重なると、血が流れにくくなり、意識が遠のき、けいれんや昏睡につながります。助かっても、学習や記憶に影響が残ることがあります。
- 血が足りなくなる(重い貧血)。赤血球は、原虫が出てくるときに壊れます。それだけではありません。感染していない赤血球も壊れやすくなり、骨髄で新しく作る力も落ちます。酸素を運べなくなるため、子どもでは輸血が必要になります。
- 息が苦しくなり、血液が酸性に傾く。酸素が届かない組織に乳酸がたまり、体はそれを吐き出そうとして、速く浅い呼吸になります。腎臓が傷むと尿が黒くなり、血糖が下がることもあります。

妊娠中には、もうひとつの道があります。感染した赤血球が胎盤に集まり、赤ちゃんへの栄養と酸素の受け渡しを邪魔します。母親の症状が軽くても、低出生体重や死産につながることがあります。
では、いま何があるのか
姿を変え、隠れ、顔を替え、ブレーキを踏んでくる。手口を並べてみると、かなり分の悪い相手です。それでも、手立ては積み重なってきました。蚊帳があり、数時間で効く薬があり、ワクチンも二つ出ています。
ただ、その手立てを読むときに、ひとつ知っておいてほしいことがあります。同じ病気なのに、流行地で暮らす人と旅行で行く人とでは、やることがまったく違うということです。続きはマラリアに、いま何があるのかに書きました。
参考
- World Health Organization (2025). World malaria report 2025
- World Health Organization. Malaria fact sheet
- World Health Organization. アルテミシニン部分耐性についてのQ&A
- Centers for Disease Control and Prevention. Clinical Guidance for Malaria(重症の治療)
- Saito F, et al. (2017). Immune evasion of Plasmodium falciparum by RIFIN via inhibitory receptors. Nature 552, 101–105.